受け入れがたきを受け入れる

『自己啓発』
【いつのまにかかっこ悪い大人になっていました。】

「社会人になったらばりばり仕事のできるかっこいい大人になる。」
そう思って学生から社会人になったはずでした。
でも、気がついたら、自分のプライドが傷つくことを避け、自分を守り、リスクを最小限にして、手にしたものを失わないように懸命にがんばるようになり、失敗を恐れ大きな挑戦から目を背けるようになっていたんですよね。
自分では懸命に努力し生きてきたつもりだった。

でも、そんなのは綺麗な正当化、自己満足の合理化であり、
いつしか「こうはなりたくないな」という象徴であるかっこ悪い大人になっていました。

汚い言葉でいうと「まじ、くそダセー」って思うような人間に成り果てていたんですよね。

正直吐き気がしました。そこまでして自分はいったいなにを守ってきたんだろう。なにをそこまで必死に守ろうとしているのだろう。

僕は子どもの頃から自分のことを目立たない存在感のうすい子どもだと思って幼少期を送っていました。クラスの人気者や頭がいい奴、運動がずばぬけてできる奴と比べて、ほんとうに特徴のない平凡な人間、なにをやっても中途半端な人間なんだと思っていたんです。

でも、それを受け入れることができませんでした。

なかでも受け入れられなかったのが、「自分はつまらない奴」というメンタルモデルでした。つまらない奴だと思われることは幼少期の僕にとって極端にいえば死ぬことを意味するくらいの深刻なことだったんだと思います。

当時なにかで秀でなければ、、、という焦りがものすごくありましたよね。高校まで必死に勉強しました。それがユニークな存在になれる道だと信じて。

でも、大学に行ったら周りは僕よりも図抜けて優秀なやつらばっかりだった。これまで懸命にやってきたことはいったいなんだったんだ。。。と自己(アイデンティティ)が崩壊してしまったんですね。

思い返せば僕のここまでの人生というのは、「自己とはなにか?」と問い続けてきた人生でした。アイデンティティが壊れたら、創造する。壊れたらまた創造する。この繰り返しでした。

その根底には、「恐れ」がありました。どんな恐れだったかというと、「自分はつまらない人間だ」ということを認めざるを得ないような状態に陥ることへの恐れです。自分はつまらない人間なんかじゃない!こんなにユニークな人間なんだということを自己証明するために死に物狂いで自分を高めようとしてきたんですね。

でも、いくら自分を成長させても、その恐れはなくならなかった。なくなるどころかむしろ大きくなっていったんです。ここまで努力して自分を変えようとしても心が満たされることがなかったから。

最近、起業したての頃のブログを読み返しました。そこには懸命になって活動している自分の姿が記録されていました。希望にあふれわきあがるような情熱が僕を突き動かしている様子が日々書かれていました。自分のことなのにも関わらず、脇目も振らずに突き進む当時の自分のエネルギーに圧倒されました。

それらの記事に書かれた僕は、なぜか僕であるようでいて、僕ではないような不思議な心地がしました。別人なのではと思えてしまう感覚が起こるんですね。そして、悲しくなりました。

当時の自分は攻めていたんです。守りを構えず、ひたすら攻めていたんです。なにがあっても負けることなく自分に挑戦していたんです。そこから数年後に僕はプロモーションに出会い、一気にビジネスを加速させることができました。収入も増えました。大好きな海外旅行にも好きなときにいけるようになりました。でも、なにか大切なものを置き忘れてしまった感覚がありました。

いつしか恐れにまみれていました。売上を落とさないように。周りにいる勢いのある起業家仲間に負けないよう。そのためにできることをすべてしていました。恐れのモチベーションです。

僕は完全に守りに入ってしまっていたのです。

「まじ、くそダセー」大人になっていたんです。

そのことに気がついたとき、ものすごく気持ちが悪くなりました。自分なりにがんばってきたつもりだったから、過去の自分を正当化したくなる自分が頭をもたげてくるんです。でも、やっぱり、守りに入っている自分を否定することはできなかった。

受け入れがたきを受け入れること。これはほんとうに難しいこと。でも、先に進むために僕はこのくそダセー自分を受け入れることにしました。サレンダー、降伏です。僕はくそダセー大人になっていました。その自分を受け入れますと。

そうしたら、このくそダセー自分が許せるようになりました。そして、このくそダセー自分とともに今を切り開いていこうと思えるようになったんですね。

人間はいつしか理想の自分を「ほんとうの自分」と思いたくなり、理想を投影された「虚像の自分」を自分だと思い込むようになる。

でも、現実がその虚像とかけ離れた時にその隔たりに苦しむことがある。どうしたらその隔たりを「なかったもの」にできるのか。そして、その苦しみからどうやったら抜け出せるのかともがく。

そして、今の自分を否定し、理想の自分に少しでも近づこうとがんばりつづける。結果は出るかもしれない。成長もするかもしれない。でも、ほんとうの自己を受け入れずに作る未来に穏やかさは来ない。

なぜなら、ほんとうの穏やかさとは受け入れがたきを受け入れた先に訪れるものだから。

僕にはまだまだ受け入れがたきことが無数にある。
それを1つ1つ丁寧に受け入れていこう。
それが僕の人生を生きるということなんだろう。

まじ、くそダセー俺、万歳!!

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